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2024/06/23 22:48

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朝ホテルをチェックアウトして、帰りの飛行機まで中途半端な時間ができたので、荷物をホテルに預けて唯一の自由時間を過ごすことにした。
僕が行きたかった所はエッフェル塔でもなければ凱旋門でも、オペラ座でもムーランルージュでもない。モンパルナス墓地にあるボードレールの墓。
ボードレールは僕の原点の中の原点。人との出会いには、人生を変えてしまうほどの大きな邂逅があるものだが、僕にとって最初のその人こそシャルル・ピエル・ボードレール、心酔した。
中一の時、出張に行く父に頼んで買ってもらったのが人文書院刊の「ボードレール全集1悪の華、パリの憂愁」(福永武彦訳)。当時芥川龍之介に夢中で、有名な「人生は一行のボードレールにも若かない」(或る阿呆の一生)に衝撃を受け、興味を持ったからだった。それから昼となく夜となく読みふけったが、どれだけ解っていたのかはともかく、紛れもなく新しい世界に触れ、また大いに毒された。
おかげで道を誤って今日に至ったわけだ。(笑)
実はモンパルナスの墓地、ホテルから歩いて1キロ程度、微かに小雨が降っていたがなんのそのの距離である。
ところが墓地に着いて、だいたいこのあたりのはずだと思って探すのだが一向に見つからない。困って右往左往していると、「誰の墓を探しているのかね?」。声に振り向くと、あの往年の名優ジャン・ギャバンを少しマイルドにした感じの大柄な老人が立っていた。「シャルル・ボードレールの墓です。」「よし、ついておいで。」
ということで、二人肩を並べて歩きながら、「ボードレール好きかね?だったら『シテールへの旅』を知ってるよね。」と言って彼はこの長い詩の冒頭部分、「私の心は小鳥のように…」と口ずさみ始めた。美しい響きだ。
僕もお礼の気持ちを込めて「夕暮れの諧調」を暗誦する。発音が悪いのはご愛嬌である。「時は来た、茎の上に震えながら…」実はこの詩、4行×4節の16行詩なのだが、最初の2行目と4行目が次の節の1行目と3行目に現れる形式。つまり覚える量は半分で済む。
4節目が終わらないうちに「ほら、これだよ!」彼が指差す先に、まさしく墓はあった。感無量である。何度もお礼を言うと、「いいんだよ。」と言って老人は振り向きもせず去っていった。
しかし墓標をよく見ると、キスマークの落書きがいくつもしてある。

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熱狂的なファンの仕業だろうが、いくら好きでもこれはやりすぎだろう。
持っていた消毒用のアルコールと濡れナプキンでゴシゴシ拭いてみたが、油性マジックで書かれているためか墓石に染み付いてしまっているためか、落ちない…。

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心持ちうすくなったかな。つぶれていた「C」が少しは見えるようになった気が…

母親の再婚相手のオーピック少佐(当時、のちに将軍)の墓に葬られており、
「彼の美しい息子、1867年8月31日 46歳でパリに死す。」と書かれている。
来た記念に墓前に名刺を置いた。自己満足以外の何物でもないが…

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相変わらず霧雨が微かに降っている。墓地の濡れた石の臭い、土の匂い、どんよりとした空が、気分をいやがうえにも感傷的にする。さて、そろそろ行くか、さよならパリ…